執筆期間 2020/11/032021/7/13YouTube投稿 2025/11/26加筆・修正


ときめきラバーズ『わたしの沖田くん』

「永遠のふたり 

 

【わたしの沖田くん】  作者 野部利雄 集英社 二次創作 J.Magpie

 

 

 純粋で優しいが少しエッチな沖田総一と、まじめで好性格な沢村琴の学園ドラマです。


二人は小学生からの幼なじみでお互い相手を気にしているが、どうしても好きと言い出せず毎回ドタバタ騒ぎを起こして話は進んでいきます。

 

 単行本「わたしの沖田くん」は20巻で最終回を迎え、主人公の総一と琴は結婚し敬子という女の子が生まれます。


そして最後に、以前暮らしていた和光荘に家族で訪れハッピーエンドを迎えます。

しかし、最終話ではページの関係で展開が速く、かなり話が飛んでいますので多少ですがその穴を埋めようと思い、自分なりに総一と琴の物語をあの当時の感覚で創作してみました。


初めて「わたしの沖田くん」を見聞きされる方もいらっしゃると思いますが、当時から知っている方も初めての方も、この駄作のストーリーにお付き合いいただけると幸いです。

 

 

話は、琴の誕生日に総一がプレゼントを持って琴の部屋へ訪れるところから始まります。

それではよろしくお願いを致します。

 

 

 


 迷路の気持ち

 

いつもの和光荘の廊下は、古めかしく少し暗い雰囲気が漂っているが、今日は何だがいつもと違う気がした。

 

今日は琴の誕生日だ。

 

総一は、慣れない手つきでラッピングされたプレゼントを腕に抱え廊下を進んだ。

 

トントン、トントン。 少し緊張した指先で、琴の部屋のドアを叩く。

 

「お~い琴、いるか!」

 

すぐに部屋の中から、明るく澄んだ琴の声が聞こえてくる。

 

「総一、鍵あいてるから入ってきていいわよっ!」

 

総一は少し緊張していたが、息を一つ吐き急いで部屋に入った。部屋の中は、琴が好きな花の香りが混ざり合い、いつもよりずっと心地よい空気が流れていた。

 

「はい琴、誕生日プレゼント!」

 

差し出された色鮮やかに包まれた箱を見て、その瞳をパッと輝かせた。まるで幼い子供が母親を見つけたかのように、無邪気な笑顔が総一に向けられる。

 

「わあ、ありがとう総一!中身はなにかな?」

 

期待に胸を膨らませ、琴はプレゼントの包みを急いで開けた。

 

バッ!

 

プレゼントの蓋が開いた瞬間、バネ仕掛けのピエロが大きな音と共に勢いよく飛び出した。

 

「キャーッ!」

 

甲高い悲鳴が部屋に響き渡り、琴は両手で顔を覆い、そのまま糸が切れたように床に崩れ落ちた。驚きのあまり気を失ってしまったのだ。

 

総一の手に残されたのは、悪趣味な装飾が施された、ただの「びっくり箱」。彼の度の過ぎた冗談、そして最悪の「サプライズ」だった。

 

 

涙と後悔

 

どれほどの時間が経っただろうか。琴が薄く目を開けたとき、視界は涙でぼやけていた。彼女はゆっくりと起き上がり、目の前で呆然と立ち尽くす総一を見つめる。頬を伝う熱い涙を拭うこともせず、震える声で総一に詰め寄った。

 

「ばかぁ……どうしてそうなのよぉ」 「どうして、どうして……どうしてこんなことしかできないの……私の、誕生日なのに……」

 

その痛切な言葉は、総一の心臓に深々と突き刺さった。彼女の瞳に溜まった悔しさと悲しみの雫を見て、総一は自分の愚かさを全身で思い知った。彼は何も言えず、ただうつむいたまま、逃げるように部屋を出て行った。

 

バタン

 

ドアの閉まる音が、琴の心にぽっかりと穴を開けた。 琴は一人、部屋で膝を抱え、嗚咽を漏らした。

 

「グスン、グスン……総一のバカ……いざとなると不器用なんだから……」

 

部屋に戻った総一も、素直になれない自分への苛立ちで居ても立っても居られなかった。どうしてあんな事をしてしまったのか。なぜ、気の利いた言葉も言えなかったのか。頭をかきむしり、唸るように考える。

 

「……くそっ」 「…………なんで、俺は……」

 

その時不意に彼の脳裏に琴の涙に濡れた顔が思い出された。 そして総一は突然、地を蹴るように立ち上がった。 「このままじゃ、駄目だ!」

 

意を決した表情で、総一は今度こそ自分の気持ちを伝えるため、琴の部屋に向かった。

 

 

微かな勇気

 

総一は琴の部屋のドアを、まるで怒りをぶつけるかのように強く叩いた。

 

ドンドン! ドンドン! アパート全体に響き渡るほどの荒々しい音。

 

そして、声の限りに叫んだ。 「おーい、琴!開けろ!」 「開けてくれー!話があるんだ!」

 

しかし、部屋の中から何の返事もない。琴の静寂に、総一はどうしても伝えたい衝動が抑えられなかった。

 

業を煮やした総一は、半ば自暴自棄になって叫んだ。 「開けないつもりだな!それなら……破っちゃる!」

 

そう言うが早いか、総一はドアに向かって真正面から体当たりをしようと走り出す。

 

ガチャッ!

 

彼がぶつかるまさにその瞬間、ドアが内側から開いた。

 

ガンッ!

 

総一は、勢いそのままに開いたドアの角に、見事に顔面を打ち付けた。鈍い音が廊下に響き渡る。

 

「っ……!」

 

ドアを開けていた琴は、痛みにうずくまる総一を見下ろす。心配そうな目を向けながらも、呆れの感情を隠せないように、一言。

 

「バカ……」

 

総一は尻もちをつき鼻と額を押さえている。 「イテテテ……鼻、折れたか……」

 

「ごめん、痛かったでしょ」

 

総一は心の中で、自嘲気味に呟いた。 (これがホントの出鼻をくじかれるってやつだ……俺は一体、何をやっているんだ……)

 

 

躊躇いの二人

 

琴は、痛みに悶える総一の顔を覗き込みながら、矢継ぎ早に問い詰めた。その勢いは、先ほどの悲しみを吹き飛ばすほどだ。

 

「ねぇ、話ってなぁに?」 「ねぇ、話って何よ!」 「話っ!」

 

琴の迫力に、総一の勢いは完全に押されていた。彼は思わず半歩あとずさる。 「やっぱ、やーめた!また今度でいいや」

 

「そんなぁ!」と琴は焦り、彼の腕を掴んで引き留める。

 

総一は、この場から逃げ出したい一心で無難な提案をした。 「なぁ琴!気分転換に散歩でもしようか」

 

「散歩?」

 

琴は釈然としない様子だったが、「うん、じゃ行きましょ」と答え、総一の後をついてアパートの階段を降りていった。

 

目的がない総一は、ただあてもなく街中を歩き回るだけだった。二人は次第に人通りの少ない、静かな公園の中を歩いていた。

 

ふと、総一の目に木々の間に差し込む木漏れ日と、目に鮮やかな新緑の風景が飛び込んでくる。 「もう、すっかり春だねぇ」

 

「そうね、春ねぇ。気持ちがいいわ」

 

「春だ、春だ」と、総一はただの相槌のような言葉を繰り返すばかりで、本題に入る気配は全くない。

 

琴は総一から重要な話があると思い、静かに隣を歩いていたが、いつまでも煮え切らない総一にしびれを切らした。

 

「ねぇ、話ってなぁに。もう三時間も歩いているのよ。足が棒になっちゃったわ」

 

琴にせかされて、総一は更に焦り童歌を口ずさむ。 「春よ、来い……早く来い……歩き始めた総ちゃんが……」

 

相変わらずごまかす総一に、琴は「もーう!」と声を上げながら、彼の後ろに回り思い切りお尻をつねった。

 

「ほんぎゃ!」

 

総一は痛さのあまり奇声を上げて飛び上がる。 「エッチ!琴のエッチ!何すんだ!」

 

琴は呆れたように片手で顔を押さえながら、「……ばか」と小さく呟いた。

 

そして総一に向き直り、真剣な目で彼の目を見つめた。 「いい加減に話してよ。私、ちゃんと聞くから」

 

そう言われ、総一も観念した。 「おう、話したるわい!あのなぁ、琴」

 

琴は、背筋を伸ばし、「ハイ」と返事をして彼の言葉を待つ。その表情には、緊張と期待が入り混じっていた。

 

真面目な顔をした総一が口を開く。 「ちょっと、言いにくいことだ……覚悟して聞いてくれ」

 

琴はじっと聞き入っている。呼吸すら忘れているかのように静かだった。 「………………」

 

しかし、総一は次の瞬間、突然恥ずかしさが込み上げてきて声を詰まらせた。 「やっぱ今日はやめにしよっ!チャハハハハ!」

 

あまりのことに、琴は力が抜け地面に座り込んでしまった。

 

「帰ろか。もう暗くなるし」

 

公園から出ようとする総一の腕を琴は掴み必死に引き止めた。真剣な面持ちで総一の顔をみつめる。

 

「そんなぁ……せっかく、覚悟したのに……」

 

「困っちゃったなあ。どーも言いづらくて。困った、困った……なんつったらいいのかなあ」と、総一は照れ隠しのように頭を掻く。

 

琴は、その一挙手一投足を見逃すまいと瞬きもせずに総一を見つめている。

 

そして総一はついに意を決したように、立ち止まり深く息を吸い込んだ。 「なあ、琴」

 

琴は小さく頷いた。 「うん」

 

その時、近くの木立から、一群の鳩が驚いたように一斉に飛び立った。

 

「俺たち会ってから、もうだいぶたつなぁ」

 

「たつわねぇ。あっという間だったわ」

 

「いろんなことがあったよなぁ。笑ったり、泣いたり、ケンカしたり」

 

「あったわねぇ。総一との思い出ばかりだわ」

 

二人は無言で歩きながら、これまでの日々を思い出していた。走馬灯のように、楽しかった記憶、悲しかった記憶、時には激しく衝突したことも、全てが愛おしい時間として蘇る。

 

琴は、一歩先を歩く総一の広い背中を見つめながら静かについてゆく。

 

そして総一は静かに、しかし、はっきりとつぶやいた。

 

「なぁ、琴。今日でひとまず終わりにしようか?」

 

ビクッ!  

 

琴の全身に、電撃のような衝撃が走った。思ってもいない、あまりにも冷たい言葉だった。

 

「そいでさぁ」

 

総一はにこやかに琴の方へ振り返った。その顔は晴れ晴れとした満面の笑顔だった。

 

その瞬間、琴の感情は抑えきれなくなり、総一の頬を叩いた。乾いた音が夕暮れの公園に響き、彼女の目から堰を切ったように熱いものが溢れ出す。

 

「いやぁ……何の話だと思ったら、そんな話だったの……」

 

両手で顔を押さえながら、琴は嗚咽を漏らす。全身が震え、その場に立ち尽くしていた。

 

総一は、自分の思い描いた反応と全く違う琴の姿に驚き 「えっ、何で……待てよ、琴!」

 

琴は顔を上げ、涙と怒りで総一を睨みつけながら言った。

 

「いいわよ、あんたなんか!最低よ!」 「とにかく、総一の言い分はわかったわ!」

 

「さよなら」

 

琴はそう言い捨て走り去ろうとする。すかさず総一は腕を伸ばし、彼女の手首を掴んで強く引き留めた。 「あのねぇ、ちゃんと話を聞け!」

 

パシッ、と琴は総一の手を力いっぱい振り払った。 「触らないで!もう、あんたなんか見たくない!」

 

しかし総一は、これ以上、琴を悲しませたくなかった。総一はもう一度、琴に向かって渾身の力を込めて叫んだ。

 

琴!

 

そして、琴の両肩をしっかりと掴み、彼女の正面に立った。

 

「俺の言うことを聞け!バーロー!!」 「いいか、恥ずかしい言葉だから、二度と口にしねえぞ!」

 

総一は、夕焼けに染まる琴の顔を真っ直ぐに見ながら叫んだ。その声は震えていたが迷いはなかった。

 

「俺が愛してんのは、てめえだけでい!」 「だから、『今日まで』の俺たちを終わりにし、『今日から』新しく始まるんでい!どうだ、わかったか、バーロー!!」

 

 

新たな出発

 

琴は突然の荒々しくも真摯な告白に、金縛りにあったように動けない。理解が感情に追いつかない。

 

総一も、彼女を指差したまま次の言葉が出ない。

 

琴は両手で口を押さえ、ただ立ち尽くしている。

 

思い切って告白をした総一だったが、緊張の糸が切れた全身に激しい震えが襲ってくる。

 

ガクガク。ガクガク。

 

しかし、琴からは何も返事がない。沈黙は、総一の心を不安で満たした。 「だめ、か……な……」

 

ガクガク。

 

そのとき、琴の優しい手が、震える総一の指を包み込んだ。温かく柔らかい感触が、総一の全身を駆け巡る。

 

「あっ……」

 

琴はそっと目をつむり、涙を拭い、そして小さく、しかし確かな声で頷いた。

 

「うん♡」

 

「!」

 

総一の全身から、力が抜けた。ガクッ、と、彼はその場に座り込んでしまった。

 

そして、また震えが襲ってきた。喜びと安堵のコントロールできない震えだった。

 

ガクガク。

 

総一の震えが止まるよう、琴は彼を抱きしめ優しく頭を撫でる。しかし震えは収まらない。

 

ガクガク。

 

一呼吸置いて、琴は総一の顔を覗き込み、叱りつけるように言った。その声には、もう悲しみのかけらもなかった。

 

「総一、男なら最後までカッコつけなさい!」

 

そして、満面の笑みで、少しおどけるように、

 

「ねっ♡」

 

総一はその言葉で我に返り、「おうっ!!」と力強く答えた。彼の顔は、告白が受け入れられた喜びと安堵で泣きそうになっていたが、その目は希望に満ちあふれていた。

 

勇気を取り戻した総一は、立ち上がり琴をそっと引き寄せた。二つの影は一つになり、夕暮れの公園に長く温かい影を落とした。

 

 

二人だけのバースデー

 

人影の無くなった公園で、二人は並んでブランコに座っていた。今まで素直になれず言えなかった想いが、止め処なく溢れてくる。

 

いつの間にか、辺りは深い夕焼けに包み込まれていた。オレンジ色に染まる空を眺めながら、琴はそっと総一の手に触れた。 「ねぇ総一。あとで一緒に晩ご飯を食べましょうよ」 「あなたの大好きなエビフライを作ってあげるわ」

 

隣で無邪気にブランコをこいでいた総一は、嬉しそうにまるで子供のように声をあげた。 「ほんと!やった!琴の作るエビフライは世界一だ!」

 

そして二人は手を取り合いながら公園をあとにした。しばらく歩いていると突然、総一は何か思い出したように言った。 「ねぇ琴。途中で買い物していいかな?」

 

「えっ、何か欲しいものでもあるの?」

 

総一は笑顔で琴を見つめながら、「ちょっとね♡」と、意味ありげに微笑みかけた。

 

琴は「ウン♡」と頷いた。彼女の胸には新しい始まりの予感が満ちていた。

 

夜になり二人は和光荘に帰ってきた。総一の両手には、沢山の買い物袋がぶら下がっていた。

 

琴はドアの前で自分の荷物を受け取り「総一、用意できたらそっちに行くわね♡」

 

「わかった、楽しみに待ってるぜよ!」

 

琴を見届け、総一は足早に自分の部屋に入る。

 

数分後、琴の部屋からトントンと小気味良い包丁の音と、香ばしい揚げ物の匂いが漂ってきた。総一は琴の夕食を作る音を幸せそうに聞いていたが、ハット我に返り部屋の中で小さな作業を始めた。

 

トントン、トントン。

 

しばらくして、琴の部屋から壁を叩いて呼ぶ音が聞こえてきた。総一は急いで琴の部屋に向かった。

 

「総一、いま手がふさがっているから、ドアを開けてくれる?」

 

「琴、入るぜよ」

 

ガチャ。

 

そこには、両手いっぱいの料理を持った琴が、満面の笑みで立っていた。

 

総一は急いでドアを開け、手際よく琴の料理を受け取った。

 

「お待たせ♡今日は総一の大好きなエビフライよ!たっぷり揚げたから、たくさん食べてね」

 

琴はテーブルの上に料理を並べた。そして、部屋の隅々を見渡すと、そこには総一がわずかな時間で飾り付けた、ささやかな誕生日の装飾が施されていた。風船と、手書きのメッセージカード。

 

その時、総一は少し照れながら、しかし、はっきりとした声で、「琴!誕生日おめでとう!!」

 

琴は呆気に取られていたが、込み上げる嬉しさに目が潤む。 「ありがとう、総一♡」

 

「はい琴、プレゼント!」

 

総一は、先ほどとは違う丁寧に包装された箱を差し出した。

 

琴は笑顔でプレゼントを受け取りながら、 「わぁ、ありがとう総一」

 

「…………」

 

「…………でも、前みたいにびっくり箱じゃないでしょうね」と、冗談交じりに笑う。

 

琴は慎重に包みを開けた。箱の中には、繊細な作りの子猫のブローチが入っていた。

 

「わぁ、かわいい!ずっと欲しかったのよ!」 「ありがとう、総一♡」

 

チュッ!

 

と言いながら、総一の頬に素早く口づけをした。

 

プレゼントのブローチを胸元につけた琴が「さあ、お料理が冷めちゃうから、二人だけのパーティーを始めましょ♡」

 

「いただきまーす!」

 

直ぐに総一は、豪快に大好きなエビフライにかぶりついている。琴は心から微笑みながら総一の無邪気な姿を眺めていた。

 

 

星空の下で

 

食事も終わりに近づく頃、琴は壁の時計を見た。

 

「あら、もうこんな時間。ねぇ総一、パーティーの後は、お風呂行きましょうよ!」

 

「え〜、どうしようかな。めんどくさいし」

 

「ダメよ!毎日、お風呂に入らないと!さぁ 行きましょ」

 

琴に強く促され、総一は慌てて残っているお皿を空にした。 「よし!行くぜよ!」

 

 

お風呂上がりの帰り道。二人は冷たい夜風に吹かれながら歩いた。琴は夜空を見上げながら、「今夜は、とっても綺麗な星空ね」

 

総一「……」

 

「覚えてる?前もこんなことがあったわね。そのあと、二人でお酒を飲んで酔い潰れちゃったけど」

「実はあの時のこと少し覚えているんだ♡」

「総一は全く覚えていないみたいだけどねフフッ♡」

 

しかし、総一から返事がない。

 

「ねぇ総一、聴いているの!」

 

総一は、何も言わず、ただボーッと月明かりに照らされた琴を眺めていた。今日一日を通して彼の心の中に生まれた、今までとは違う特別な感情。その感覚を彼は静かに噛み締めていた。

 

「総一!」

 

「総一っ!」

 

ハッと我に返る。

 

「どうしたの、ボーッとして。今日の総一は少し変ね」

 

総一は慌てて、 「いや、今日のことを思い出していたんだ」

 

「今日の事?」

 

総一は琴を見つめ、少し声を張り上げた。「そうさ。今日までの過去は終わりにし、新しく始まる、この日を!」

 

それを聞いた琴は、総一の腕にそっとしがみついた。お互いの鼓動が伝わり、二人はもう以前の距離には戻れない事を感じていた。

 

 

最愛の夜

 

和光荘に戻り、お互いの部屋の前で立ち止まる。廊下の電灯の下で、二人は目を合わせて無口になった。今日一日の出来事が、重い沈黙となって二人の間に横たわる。

 

気まずい雰囲気の中、琴が笑顔を見せながら沈黙を破った。「今日は、とても嬉しかったわ。総一」

 

そして、総一を見つめる。その瞳は、何かを期待していた。

 

総一は、頭をかいて照れている。「……おう」 「…………」

 

琴はうつむきながらじっとしている。だが何も言わない総一に、琴は少し寂しそうな表情を浮かべた。「おやすみなさい、総一」

 

そう言葉を残し、寂しそうにゆっくりとドアの奥に消えていった。

 

パタン。

 

琴の部屋のドアが閉まり、総一は重い足取りで自分の部屋に戻る。

 

情けない自分の頭を叩きながら、「なぜ一言、『愛している』て言えないんだ〜、オレのバカ野郎!」

 

ふてくされながら布団をかぶるが、今日の出来事が頭から離れず少しも眠る事ができない。

 

総一はいつまでも眠れず悶々としていた。

 

カチ、カチ、カチ。

 

部屋には、秒針の音だけが虚しく時を刻んでいた。

 

その時、

 

コン。

 

どこかで、ごく小さな音が聞こえてきた。

 

コン、コン。

 

音は、壁一枚隔てた琴の部屋から聞こえてくるようだった。

 

総一はハッとし、布団から飛び出す。 「琴が、壁を叩いているんだ!」

 

総一も慌てて、壁を叩き返す。

 

コン、コン。

 

しばらく沈黙の後に、鍵の開く音が聞こえる。

 

カチャ。

 

しかし、それ以上は何も聞こえない。ドアは閉じたままだ。

 

その時、総一は昼間琴が言った言葉を思い出した。

 

「男なら、最後までカッコつけなさい!」

 

総一は急いで部屋を飛び出した。そして琴の部屋の前に立ち、そっとドアをノックした。

 

数秒の沈黙の後、ゆっくりとドアが開き、うつむいたままの琴の姿が見えた。彼女の頬には大粒の涙の流れたあとが幾筋も残っていた。

 

総一は静かに、優しく言葉をかける。 「ごめん、琴。俺もう逃げないぜよ」

 

琴は、さらに大粒の涙をためて、総一の胸を叩いた。「……バカ……バカ」

 

そして、総一はそっと琴を抱きしめた。固く二度と離さないように。やがて二人の影は、静かに部屋の奥に消えていった。

 

 

新しい朝

 

窓の開く音で、総一は目を覚ました。

 

振り向くと、隣に寝ていたはずの琴がいない。

 

総一が辺りを見渡していると、「総一♡」

 

優しい口調で自分を呼ぶ声が聞こえる。

 

琴は窓際に座り、淡い夜明けの空を見つめていた。その横顔は、清らかで美しかった。 「私たち、どうして、もっと早く素直になれなかったのかしら?」

 

総一は上半身を起こしながら、琴を見つめた。「いままで、意地張ったり逃げたりして、色々ごめん」

 

琴は慌てて手を振りながら、 「総一が謝ることなんてないわ。私も、素直になれずに、意地悪ばかりしてしまったもの」

 

総一は真剣な顔で琴に話しかける。 「琴は何も悪くないよ。これからは、自分の気持ちに素直になるよ」 「琴も、俺に何かあったら、遠慮無く言ってくれ。俺は全部受け止めるから」

 

総一は、微笑んでいる琴に向かい手を差し伸べた。 「琴。もう寒いから、こっちに来なよ」

 

「うん、総一」

 

と軽く頷き、琴は総一の胸に飛び込んだ。

 

 

祝福の輪

 

次の日の原町田大学。佐野と歩いていたさとみが、腕を組んで歩く琴と総一の姿を見つけた。いつもの二人の間に漂うもどかしさが消え、代わりに温かく幸せな空気が流れていた。

 

「ねぇ琴、どうしたの?今日は沖田くんと腕を組んだりして。熱々じゃない」

 

ひとみは二人をからかうように、「もしかして、ついに二人は出来ちゃったんじゃないの?アハハ」

 

琴は恥ずかしそうにうつむいている。さとみが総一を見ると、総一も珍しく照れ笑いを浮かべていた。「チャハハ。まあ、そうぜよ」


「えっ」


さとみは少し驚きながらも、すぐに満面の笑みを浮かべ優しい言葉をかけた。 「琴、沖田くん、おめでとう!何も恥ずかしがることないわ。私たち、みんな、あなた達二人がこうなるのをずっと待っていたんだもの」

 

琴がさとみを見ながら、「ありがとう、さとみ。本当に、ありがとう」

 

さとみは総一の方に向き直り、茶目っ気たっぷりに言った。 「今夜はパーッといきましょうよ!もちろん、沖田くんのおごりでね!」

 

その言葉に、総一は思わずずっこけた。

 

隣で話を聞いていた佐野が、ニヤニヤしながら総一の肩を叩く。「あまり遅くなるなよ。新婚さんの、寝る時間が無くなるぞー」

 

それを聞いて、琴は顔を真っ赤にした。

 

「なんてこと言うのよ!エッチ!」

 

バチッと、さとみの愛のビンタが炸裂した。

 

夜になり、総一の部屋で急きょカップル誕生を祝う宴会が始まった。

 

「我らがマドンナ琴ちゃんと、長年の不器用を乗り越えた沖田のカップル誕生に、乾杯!!」

 

みんなは思い思いに持ち寄った酒を酌み交わし、二人の門出を心から祝福した。

 

酒が進むにつれ、みんなは酔いしれ、不甲斐なかった頃の総一を思い出し気合を入れ始めた。

 

「沖田!琴ちゃんを泣かしたりしたら承知しないぞ!もし泣かしたら俺たちが代わりにこらしめてやるからな!」

 

「そうですよ、先輩!」

 

「なんでお前みたいな、ちゃらんぽらんやつに、琴ちゃんみたいな素晴らしい女性が!?」

 

その言葉を聞き、総一はカッと目を見開き、立ち上がった。 そして、自分の胸を叩き、自信に満ちた声で喋りだす。

 

「ほおがひーおどこだかけらぜよ!」

 

しかし、すでに泥酔している総一の言葉は、呂律が回らず、何を言っているのか全く聞き取れない。

 

「なんだって、沖田!もう一度、はっきり言ってみろ!」

 

総一は、よろめきながら一呼吸おき、酒で熱くなった顔で叫んだ。

 

「ホレがいい男だからぜよ!」

 

次の瞬間、四方八方から座布団が飛んできた。

 

それらに当たり、総一はそのまま力なくぶっ倒れた。

 

それを見た琴は、慌てて総一に駆け寄る。 「みんな、ひどいじゃない!総一にもいいとこあるわよ!」

 

琴は総一を庇いながら必死に言葉を探した。「たとえばねっ!えーと……」

 

みんな静かに次の言葉を待っていたが、琴はとっさに何も思い浮かばなかった。総一のいいところ、と言われても、なんだか照れくさくて、何も言えなかった。

 

しばらく沈黙が流れた後、

 

「ワハハ」「あはは」「キャハハ」

 

爆笑が起こった。

 

「何はともあれ、琴ちゃんと沖田に、もう一度乾杯!」

 

 

世界一の幸せ者

 

宴会も終わりみんなは、祝福を言いながら帰って行った。、琴は酔いつぶれて眠っている総一を眺めながら額に優しく触れた。 「今日は大変な一日だったわねぇ、総一」

 

しかし、総一からの返事はない。

 

「ねぇ総一?寝てるの。ねぇってば」

 

琴は、総一の顔を近くから覗きこむ。その時、微かに彼の目元が濡れているのが見えた。

 

琴は驚き、「どうしたの、総一!具合でも悪いの?痛いところでもあるの?」

 

心配そうな琴の声が、総一の意識を呼び戻した。「大丈夫だよ、琴!」

 

一呼吸おいた総一は、酔いの回った頭でギュッと琴を抱きよせた。彼の顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。

 

「琴、俺が泣いていたのはね……」

 

総一は、琴の耳元に口を寄せ、静かに、しかし、愛情を込めてささやいた。

 

「それはね」

 

「オレが、世界一の幸せ者だからぜよ!」

 

総一の言葉を聞いた瞬間、琴は彼を抱きしめた。 その確かな温もりは、二人がこれから共に歩む確かな未来への約束であり、輝かしい最初の1ページであった。 



総一&琴よ 永遠に!!